「隣のサイコさん」 96年11月03日発行

  • 放火や強姦というのは、殺人に準ずる位刑が重いのだが、大体の場合、この二つをやった奴らは全然反省していない。感極まると、よほど気持ちのいいものなのか、必ずやったことの自慢話を始める。「いやあ、火の粉がパチパチと弾けてひゅうひゅう舞い上がる時、生きてて良かったなあ、と思うねえ。一つの家、人生がたった数時間で丸ごと灰になるなんて、感動的だよなあ」「もう少女から更年期過ぎたババアまでやったけどね、まだ毛も生えてない少女ね、あの味は忘れられないよなあ。まあ、ババアはババアで肩書きとかそいつの人生行路を一瞬で食っちまうという、別の快感があるけどね」
  • 風呂屋を覗いて注意されたので、風呂屋一家を全員斧で切り刻んでいる男。死刑を待っている間に「講和条約恩赦」で無期になり、二十年勤めて出て、非行少女の相談役をしている間に家がヤンキー中高生の溜まり場になった。朝一回、昼休みに一回、夜一回と、一日三回中高生とやりまくっていたらしい。五十歳を過ぎた、禿げたおじさんなのだが……。
  • 最初に独房に入ったとき、左隣の房の奴が、朝四時ごろ、しきりにガリガリと高い窓を掻く。あまりに煩いので周りが暴れたら、看守が言うには「あいつは脳梗塞で、もう脳がとけちゃってんのよ」とか。「空が痒い」のでそれを掻いていたのだという。ある日、巡回の看守が「お前、何やってんだ!」と叫んでドアの鍵を開けると「ギャア!」という声とともに、囚人が看守を追いかけていったのである。後で聞くに「あいつ、机の上にウンコして、そのウンコで人形をこねて作ってたんだ。看守が入ったら、それをちぎって投げながら追いかけてきたんだ」
  • 懲罰というのは私物一切を没収され、ラジオ、新聞他全て止められ、一日八時間の仕事中身じろぎもせず一ヶ所に座り、「反省」の紙を視線も動かさないで見つめていなければならない。その上、腕や、指、足や腹、顎の角度さえ決まっていて、動いているのが見つかると、「懲罰不服従」として、いつまでも期間を延ばされる。
  • 首がぐったりと伸びた坊主頭の囚人を廊下に引きずり出し、看守が屍の胸の上に乗って、お喋りしながら飛び跳ね踊っている。「蘇生ダンス」と言われているが、もうダメと分かっていても、一応蘇生のため、しなくてならないことになっている。「ダメだ、死んでるよ、糞漏らしてんもん」などと笑いつつ、看守が胸の上でピョンピョン飛び跳ねる。
  • 八王子医療刑務所には、南舎と北舎がある。北舎は内科疾患者専門の施設で、南舎は精神疾患者専門。その運営や内容は別世界のように違う。北舎は平沢死刑囚などがなくなったところだが、これは本当に天国なのだ。ただ「ガンになっても末期ガンまでいかないと八王子には行かせてもらえない」というぐらい「死ぬ寸前」の囚人だけしかいけない。そんな「半分死んでる」囚人ばかりなので、仕事は無い、若い女のナースがいて面倒を見てくれる、食事は良い、冬はスチームがある、一日寝て本を読んでいれば良い、至れり尽くせりだ。
  • 八王子医療刑務所の脳波技師は、他のどの医者も言うし、本で読んでも「脳波で分かる異常は癲癇と薬物中毒だけ」と述べているのだが「医療刑務所キチガイ相手に脳波一筋二十年」というその技師は「脳波を見れば、そいつの人生や知能程度は分かる」と豪語した。実際に筆者の脳波を見て「キミはインテリで文章書くのが上手だ」とスパスパ言い当てた。
  • 八王子医療刑務所は、かつて全国の精神病院に先駆けてロボトミーをやった。八王子の成功で全国の病院もやり始め、社会問題化し病院が止めた後も、八王子は最後までやりつづけた。最盛期には週に何人もの頭に穴をあけたという。
  • 口答えすると、全身の血管に何千本の針を刺したような、転げまわるような苦痛のする注射を打たれる、という囚人もいた(城野医療刑務所からの国連人権委員への告発書によると、訴訟をしたら医療刑務所に送られ「全身の神経をワイヤかブラシで削られるように身体の内部が痛んだ。全身の筋肉、内臓から骨の髄までを何十億本の針でじわっと刺される痛さ」の注射を毎日打たれ、あまりの苦しさに「訴訟を取り下げます」と叫ぶと「ようし、お前の病気は急に良くなった!」と注射を止めたという。この川口喬氏の告発は、冗談のようだが医療刑では厳然として本当のことなのである)
  • ある女流画家が家の近くに高校があって、その高校が彼女を盗聴していると言う。彼女が何かを喋ると、校内放送で同じことを言うそうです。「ありませんよ」と言ってると、ある瞬間から急に納得したようで「良かった」と喜び始めた。「これまでは盗聴されているとおもうと、安心してオナニーもできなかった」なんて言い出して、そして、いきなり「セックスしましょう」って言うんですよ。断ると次の日の夕方に電話がかかってきて「コノヤロウ! 今日喋ったこと、さっきも校内放送で言ってたぞ」と叫んでるんですよ。
  • 千葉麗子が東京駅でトイレに入る時、入り口のところに女子高生がニ、三人溜まっていた。個室に入って出る時になって、外から女子高生がドアを押さえて「千葉麗子だ、千葉麗子だ」って騒いだ。千葉麗子は「こいつらキチガイだな」って思って逆ギレして、怒鳴りまくってドアを思い切り蹴飛ばしてやった。そしたら相手がビビッたみたいで、キャハハハハと笑いながら逃げていった、嬉しそうに。その姿を見て「ああ、やっぱりキチガイだな」と思った。全然ヤンキーとかじゃなくて、普通の女子がやるところが、病の根は深いぜって感じ。
  • 芸能人のTは結構イイ男だし、他のアイドルなんかも噂になりたいって気があるのか、誘ったら断らなかったみたい。それを千葉麗子が断ったもんだから、いきなり控え室に入ってきて電気消して、鍵かけて「フェラチオしろ」と、パンツを下ろしてきた。部屋から飛び出して、プロデューサーやスタッフに言ったが、誰もTを叱らなかった。
  • イタズラ電話の類は止まらない。スタッフしか知らないはずの番号に「イクー、あんあん。イクー! レイコー」って男の声で入っている。
  • 鈴木慶一がファンから貰った手紙。彼女は「父さんと母さんに虐待されてる」と主張し、それでどういう虐待を受けているかと聞くと、お父さんが沖縄にいって、お土産にハブとマングースが戦っている置物を買ってきた。それが部屋に置かれてて怖いから、その置物から逃げたいって言う。それがいかに怖いかということを説明しつづける、便箋に細かい文字でビッシリ十枚分くらい。
  • ニフティでもダントツの情報量を誇る「文通希望」掲示板は、別名「ネットナンパフォーラム」と囁かれるほど、朝から晩まで見境なく、女目当ての野郎からの飢えたメッセージが投げ込まれている。
  • 「体育会の大学生(とくにアメフト、ラグビー、体操)の合宿や寮に呼ばれて、次々と尺八させてもらうことが希望です。どなたかアレンジしてくださる方がいましたら連絡ください。秘密守ります」
  • ある日などは、地元の駅で待ち合わせた人を迎えに行こうと部屋のドアを開けて外へ出ると、足下に自分の死体が折り重なるようにして駅まで延々と数千体転がっているビジョンが飛び込んできて、非常に不愉快だった。おそらくは、電波の野郎がご丁寧にも秒単位でわずかながら存在する「駅へ行くまでにこの俺が死ぬ可能性とその結果」を数千パターン見せてくれたのだろう。死因は脳溢血や心臓発作を始め、交通事故や隕石の落下など様々で、死体は血を吐いたり、頭が潰れたり、踏み切りの辺りで電車にでも轢かれてバラバラになった細切れの肉片がそこら中に転がっているなど芸も細かかった。(村崎百郎
  • 彼らは都下の高校生で、シャブを決めてよく踊りに来るのだという。「ボアダムスの音がシャブくて大好き」というA君の話によると、覚醒剤は先輩から買うとのこと。つまり彼らの学校には、ヤクザに就職した先輩がいて、後輩にシャブを売りに来るのである。
  • 覚醒剤の使用は、モチベーションによって大まかに次の三つのパターンに分けられる。(1)遊び的使用(2)ドーピング的使用(3)逃避的使用。取材で出会った人達は、(1)と(2)が多かった。
  • 京浜東北線沿線に住んでいる某女子高生。「シャブやるキッカケ? ちょっと太めになってきたからダイエットしようと思って。駅前にうろついてるイラン人に声かけたら簡単に売ってくれたよ。一グラム二万だったかな。(池袋の)サンシャインに三日立って稼いだ金で買ったんだ」要するに売春したのね。効果は。「うん、バッチリ! 見てよこの身体。ほんと全然食欲なくなっちゃうんだ。サイコーだよー。それにセックスもいいんだ」確かに皮膚感覚が敏感になるので、セックスに嵌りやすくなる。ただし男の場合、射精しづらくなるので、クタクタになる。また、ドーピングを繰り返すうちにたたなくなるので、行き着く先はインポ。
  • とある下町で知り合った、工員のおじさんに聞いた話。「ウチの工場には毎週、定期的にヤクザがシャブを売りにくるんだよ。一グラム一万だな。俺はやってないけど、結構多いよ。みんな静中(静脈注射)キメてるね。奴らはやたら元気に働くけど、何だか怒りっぽくてさ。ちょっとしたことで怒鳴りあってるよ。そういえば誰かが『ヤクザはシャブを公共の場に隠してる』とかいってさ、みんなで工場とか近所の団地とか探したっけ。見つからなかったけど」
  • スニッフィングは、最も基本的な摂取法。白濁結晶を鏡やCDケースなどの上で細かく砕き、細いラインを作ってストローや丸めた紙幣で鼻から吸い込むのだ。五分ほどでキューと熱くなり、元気が出る。特別な道具が必要ないので、出先での景気付けなどに重宝される。
  • 友人は、仲居さんの連絡を受けると、その日の夜に彼の家にやってきて「これ、おみやげ」と言って覚醒剤を一グラムくれたのだと言う。これがヤクザの商法なのだ。最初はタダで与えて味を覚えさせ、しっかりハマってきたら正規のレートに引き上げるのである。
  • シャブは興奮剤だから基本的には活動欲求が高まるのだが、使用量が増加するにつれどんどん理性が飛び、つまらないことにハマるようになる。例えば、部屋の片づけを延々としたり、何時間にもわたるマラソン・オナニーに耽ったり、血管が浮きにくい女性の場合、打ち場所を一日中探したり、とにかく創造的でなくなる。
  • 覚醒剤がなかなか止められないのは、逃避的モチベーションを除くと、入れてハイになった後、抜けた状態の時にリバウンドが来るからだ。つまり、無気力になったり鬱々としたりする状態から抜け出すためにまた入れるわけである。このイタチごっこから抜け出すには、クリニックへ行くのが手っ取り早い。そして、覚醒剤の使用を告白した上でカウンセリングを受けるのだ。警察に通報されたらどうする、と思う人もいるだろう。しかし、医師には診察内容を口外してはいけない「守秘義務」があり、法的にも、通報したり人に言ったりしてはいけない職規があり、反したら罰せられますし、訴えられたら負けます。
  • 精神保健福祉法第三十二条とは、内容をごく簡単に言えば、病院や診療所へ入院せずに精神障害の治療を受ける場合、障害者本人もしくは保護義務者が地元の保健所に申請すれば、費用の一部を都道府県が負担してくれるというもの。
  • ダメなカウンセラーの条件。(1)最初は「友達なんていなくて良いじゃない」と言いながら、時間の経過とともに「そろそろ友達作ったら?」と言い出す。(2)話そうとしていることを考えている最中に「それってこういうことでしょ」と決めてかかる。(3)自分の体験を踏まえた具体例を出して分かりやすく説明する代わりに、別の患者の例を挙げて「もっと酷い人がいるよ」と言い出す。
  • アルコール依存症で肝臓を患った人は、平均寿命が五十二歳と言われています。肝臓をやられなくても脳に来る。三合以上の酒を飲むと、脳が十二時間以上もアルコール漬けの状態になる。それを毎晩繰り返すと、脳が萎縮して痴呆状態に陥ってしまう。
  • 二合以上になると、肝臓がアルコールの分解にフル稼働させられ、どんなに栄養価の高いものを食べても吸収できない。栄養失調になってしまう。栄養が行き渡らないために、骨が脆くなったり手足が痺れたりする。
  • マルチはシステムが完成しているので、ある程度苦しい時期を乗り越えれば、必ず儲かると信じてる人がいる。「ここが踏ん張りどころだ」と頑張る。
  • 三上晃によれば、植物も人間も「宇宙意識」が形をなしたものである。したがって、どちらも本来は正しい判断ができる。だが、人間は衣服を纏い鉄筋建築に住むなど、文明によって宇宙と隔絶してしまっているため、正しい判断ができなくなっている。
  • また、人間は脳で記憶するのではないと言う。何故なら、頭のいい人は何冊もの辞書が頭に入ってると言うが、こんな小さなところに、そんなに多くの記憶が入るとは思えないからである。三上さんはお臍だと考える。何故なら、臍は母親と繋がっていたところで、母からの情報は皆、臍から入ってきたのだから、臍は記憶してるかもしれない。
  • 我々は宇宙意識がだんだん固まって、絶対素粒子的なものが固まって、細胞になり、色んな器官になりして、身体ができている。朝顔もそうである。個性があるから見かけが違うだけで、掘り下げてみれば宇宙意識は同じだから通じるはず。綺麗だねって言ったら、向こうも綺麗だねって答えたような気がする。
  • 橋本健は「幸福科学研究所」を作り、「宗教と科学の関係」を研究した。「サイメーター」という装置を発明し、信者らの協力によって、超倫理学実験を行った。サイメーターとは交流電気のサイクルを利用した装置で、任意にスイッチを押すと、その瞬間の電流の方向によってメーターが左右のいずれかに振れた状態で停止する。その結果は左右五十パーセントずつになるはずだが、ボタンを押す時に、いずれかになるように念じていると、そちらに偏った結果が出るという、超能力を実証する装置である。
  • 嘘発見器に音が出るようにした植物用の装置を「4Dメーター」即ち「四次元派受信機」名づけた。
  • 政木和三の理論によると、脳波がシータ波になると、人は自らの内部の「生命体」の声を聞くことができるようになる。生命体とは、霊魂のようなもので、輪廻転生する本質的存在だそうだ。
  • 政木和三は十七歳の時瞬間湯沸し器や嘘発見器などを発明して以来、一件を除き、全て特許取得と同時に無効手続きをとって解放してきた。ある時、日本の一番大きな五つの家電メーカーのトップが五人揃って政木を訪ね「政木先生、長年お世話になりました。ありがとうございました」と言った。もし特許料を取っていたら、四千億から五千億はあったという。
  • 政木は超能力の数々を目の当たりにし、自分でもスプーンが曲がるようになり、さらに霊能力者との出会いを経て、目の前に仏像が突然出現するなどという不思議にも繰り返し遭遇した。
  • アジモフはこう述べる。「チェスを知らないものが名人を負かせるという幻想を持つことなど無いのに、科学の素養がほとんど、または全く無い正真正銘のアマチュアで、アインシュタインの理論に"明白な"欠陥を指摘できると思い込む物がこんなに多いとは、奇妙なことである」
  • 反相対論者たちが持ち出す、定番とも呼ぶべき誤解の典型例「アスペの実験」。アインシュタインの局所原因の原理(素粒子間の相互影響は光速を超えられない)はこの実験で誤っていると立証されてると主張する。
  • 1922年に発表されたホワイトヘッドの理論は大変よくできており、五十年にもわたって一般相対論の有力なライバルであり続けたが、一箇所だけ観測事実と合わない部分が発見され、敗れ去った。ブランス=ディッケの理論は、一般相対論と同じく、水星の近日点移動を予言していたが、その数値は実測値と約四秒(九百分の一)だけ合わなかった。どうしてもその誤差を説明できなかったため、ブランス=ディッケの理論は敗北した。
  • 「文盲」が悔しいので自分で字を発明した親父。なにやら書き込まれたノートは既に数十冊。
  • 宅八郎は四百時一枚程度の記事を書くのにインタビューを四時間に渡ってし、そのテープを全部自分で起こし、しかもあちこちに赤線が引っ張ってあったり、青い波線が踊っていたりした。たかが一枚程度の記事にここまでやるライターはいない。
  • 宅八郎の「SPA!」での連載は、常に「最もつまらなかった記事」の堂々一位を走り続けた。
  • 宅八郎「基本的に、ボクが相手にしてきたのはメディア関係者。ヤツらの高慢ちきさはスゴイ。芸能リポーターでも出版社でも、報じた後の責任まで考えてはいない。しかも、てめえは書き放題だけど、逆に書かれることは一度もないと思っている。人様の家庭にずけずけと土足で入っていくような真似してる人間はさ、何やられたって、文句、言える筋じゃないだろう」
  • 宅八郎「顧問弁護士同士が話をつけても実感が全くそこに無い。その時に何かを『裁いた』ことになるとは、とても思えない。あえてハードは言い方をすれば、『罪』を背負った人間は裁かれるべきだと思っている。それなら、ボクがこの手で裁く!」
  • 宅八郎「ボクの悪夢は、昔からすごいから。失恋した時、二年ぐらい、毎日、夢見ちゃったり、すごいよ。そういう話をすると、ストーカーみたいで怖がられそうだけど」
  • 宅八郎「人は何故、追われること、調べられることを恐れるのか。かなり昔から情報化社会と言われている。あらゆる情報が世の中に氾濫している。だからこそ、個人情報を掴まれることを、人は一番恐れると思う」
  • 宅八郎「ボクはマスコミ真理教一億人と戦っているよ。ボクは孤独な絶望の挑戦者だよ」
  • 宅八郎「ボク、尾行も短編オムニバス小説にしたいと思ってて。そのタイトルもね、考えたんだ。『ビコウズ』っていうんだ」
  • 京都市にある浄土宗系の仏教大学の正門に、「平成之大馬鹿門」という門柱を設置したはいいが、猛反発が生じ、結局撤去されることになった。
  • 浄土真宗の宗祖となる親鸞は自ら「愚禿(ぐとく)」すなわち剃髪した馬鹿と称した。
  • 1992年9月「朝日新聞」の社会面のほぼ半分を占めるような大記事が載った。「知的障害をもつ我が子よ、音楽で深く生きろ」と大見出しがあり、中見出しが「大江健三郎さんの長男光さん、作曲家デビュー」「今秋、CD発表」とある。
  • foolに「道化」と「馬鹿」の二つの意味があるのは偶然ではない。馬鹿を演じながら、あるいは狂と偽りながら、政道批判・社会批評をするのである。古代ギリシャでは、奴隷出身のイソップが、滑稽で辛辣な寓話によって社会を批評した。古代シナでは、楚の国の狂接與(きょうしょうよ)が街を放浪しながら世を諷論したことが「論語」や「荘氏」に見える。日本では半ば伝説中の曽呂利新左衛門がこれに近い。
  • フランス革命の指導者ロベスピエールは、人口神「最高存在」を発案し、四十日もの祭日を法令で定め、巨大な祭壇を築いて賛美歌を奏でさせた。
  • 通り魔事件の代表と見なされる川俣軍司は犯罪の動機をこう記した。「私が事件を引き起こしたのは、とても世間一般の常識では考えることのできない非人間的な、人間に対して絶対におこなうべきではない、ふつうの人たちであったら一週間ももたないうちに神経衰弱になるだろう、心理的電波・テープによる男と女のキチガイのような声に、何年ものあいだ計画的に毎日毎晩、昼夜の区別なく、一瞬の休みもなく、この世のものとは思えない壮絶な大声でいじめられ続けたことが、原因なのであります」
  • 「頭、それから耳からくるやつ、頭の表面から流れてくるやつなどありますけれども、頭皮全体を引きはがすように流れてくることもあります」といった自覚症状を指している。そうした電波が「計画的に」送られ続けていると考えるのがすなわち妄想で、大元の発信源は「法務省かどこかの高級役人」と、川俣は信じ続けてきた。
  • 川俣は、電波が身体にやってくる状態を、「ひっつく」と随所で言い表している。「ひっつきの内容は、耳から電波を送ってイライラさせたり、メソメソさせたり、不安にさせたり(供述調書)」
  • メランコリー(憂鬱症)という用語は元々「黒い胆汁」を意味し、西洋の古い精神医学では、この液体が身体に広がることが憂鬱症の病因だと考えられていた。
  • 【永遠妄想】最も精神的苦痛を伴う妄想が永遠妄想である。初老〜老年期のうつ病患者は、身体の違和感を皮切りに、時として胃や腸が腐ってなくなってしまったなどと奇怪な煩悶をなし、ついには「もはや自分は死ぬこともできぬまま、罰として未来永劫この苦しみを味わい続けねばならない」といった神話レベルの妄想(永遠妄想)へ至る。これをコタール症候群と称し、そのシジフォス的苦悶ゆえに自殺率も高い。
  • 【タラソフ判決】妄想に駆られて患者が殺人を企てていることがカウンセリングの過程で判明したとき、医療者は、未然に事件を防ぐべく警察や「可能的被害者」へ通報をすべきか、それとも患者に対する守秘義務を貫くべきか?そのような葛藤に対するカリフォルニア州最高裁の判断を指す。裁判の結果は、守秘義務よりも警告や通報など「可能的被害者を保護する義務」を優先すべしというものであった。いかにも正論のように聞こえる判決であるが、実際には「妄想に基づく殺人計画」にどこまで実現性があるか判断するのは容易ではない。過剰な人命尊重主義から、むやみに警告や通報がなされれば患者と医師の関係は中断してしまう。患者の方は警戒して医療者へ本心を明かせなくなるだろうし、面倒を避けるために医療者は厄介な患者を遠ざけるといった風潮を招きかねない。医療サイドの反対にも関わらず、現在、アメリカの多くの州でタラソフ判決は規範とすべき判断と見なされている。
  • 【ミニョン妄想】血統妄想のこと。ゲーテの作品の登場人物にちなんでミニョン妄想とも言われる。誇大妄想の一種であり、自分は天皇家落胤であるといった類の事を主張する。今の親は本当の親ではなく、自分は双子の片割れゆえに平民に育てられることになったのだ等、貴種流離譚めいたストーリーをとくとくと語ってみせたりする。精神病院の慢性病棟には、この手の分裂病患者が必ず何人かはいる。