「ビビを見た!」 大海赫 04年02月10日発行

  • ぼくは、生まれつき目が見えない。/だけど、目が見えたらいいな、なんておもったことない。/いちどだって!/そりゃあ、もと目あきだった人なら、そうおもうかもしれないよ。/でも、うまれたときから目の見えないぼくは、このままでちっともこまらない。まけおしみなんかじゃないぞ。/だってさ、ニンゲンには、しっぽがないけれど、きみは、しっぽがあったらどんなにすてきかなんて、かんがえたことある?/ないだろう? それとおなじさ。(P8)
  • 目が見えたって、きれいなものばかり見られるとはかぎらないじゃないか。/いや、きれいなものより、きたないもののほうが、ずっと多いにきまっているんだ。/だいいち、いくらきれいなものだって、すぐにきたなくなったり、じきに、ぼくからはなれていってしまったりするだろう。/それくらいなら、はじめから見ないでいるほうがいい。(P9)
  • ぼくは目をおさえていた手を、そっとはなしてみた。……と、ぼくのまぶたに、たくさんの、すごく小さい、あやしい虫が、羽音もたてずにたかるのだった。/ところが、ほんとうは、虫じゃなかった。/それが、光っていうものだったんだ。/はじめて光をかんじたときは、うれしいどころか、こわかった。まるで、海にちっぽけなボートでのりだした人みたいに……。/光は、ぼくのまぶたのとじめに、ザブザブうちよせてきた。/そうして、むりやり、まぶたをこじあけた。/ああ、どうしたらいいんだ。/うまれたばかりのあかんぼうが、ちょうどあのときのぼくのきもちと、おなじなんだろう。(P11)
  • ぼくはいままで、そとの世界は、ぼくのことなんかとっくにわすれているとおもっていた。ぼくなんかおいてけぼりにして、どんどんすきなほうへ行ってしまうんだと、そうおもいこんでいた。/ところが、そうじゃなかったんだ!(P30)
  • (*ワカオは何故ビビの位置がわかるのか)「風がおしえるのよ、きっと!」/「風が?」/「あいつ、風となかよしなの。それで、いつも高い空の風とブツブツ話しているのよ。」(P71)
  • やがて、くさ地のどろをつかみとると、大空にたたきつけた。(P85)
  • ぼくは腕時計をビビに見せていう。/「このみじかいはりが7をさすと、ぼくはまた、まっくらな世界に、もどらなくちゃいけないんだ」/ビビの目からなみだがふきだした。/ビビはぼくの腕をらんぼうにひっぱると、げんこつをかためて、いきなり時計をたたきはじめた。/「こんなもん! こんなもん! こんなもんー」/ガラスがわれた。それでも、はりがうごいているのを見ると、ビビは時計にかみつこうとする。/「あぶない!」ぼくは、ビビの歯を、やっとくいとめた。/「ビビ、これがわるいんじゃないよ。」(P100〜101)
  • ぼくははじめて、世界でいちばんきれいなものを見つけた。/それは砂地に氷のような羽をべったりとよこたえた、わかくさいろの、はだかのビビだった!/ビビは、月の光をあびたまま、夜の海みたいに深い目で、ぼくを、じっと見つめていたんだ。(P115)
  • 「どうして、そんなに、あたいを見るの?」と、ビビがいった。/ぼくは、おもいきってこたえた。/「ぼくね、ビビが見たいんだ。」/「ばか!」ビビは、べろをつきだした。/「でも、いいや。そんなに見たいんなら、ようくみて。」(P116)
  • いつまでも見ていたい。死ぬまでだっていい!/でも、のこりの時間は?/ぼくは腕時計を見た。/あれだけ海水につかったのに、はりは、まだうごいていた。/あたまに、かあっと、血がのぼる。あと一分二十秒しかない!/時計のはりが、かいちゅう電燈をつけて、午後七時へ、つっつとむかっていく。とうとう、時間がきたんだ!/ようし、こうなったら、時間ぎりぎりまで、ぼくはビビを見ていてやる!/あと四十八秒。月がうす雲にかげる。/こんちくしょう、月がにくい!/もっとあかるい光をくれ! ビビがよく見えないじゃないか!/あと三十二秒。/ビビってなんてきれいなんだろう、なんてかわいいんだろう!/大男にも、見せてやりたい。いや、見せたくない。/このビビを見たら、あいつは、ビビをぜったいにもう手ばなすものかと、こんどは、羽をぜんぶ、むしっちゃうだろう。/あと二十六秒。──どこかで、母が呼んでいる。/おかあさん、ちょっと待って、ビビを見おわるまで。/あと十七秒しかないんだから。/ビビが、にっこりして、くちびるをうごかした。/「ホタル、さようなら。」/「ビビ!」/それしか、いえなかった。/こえが、のどにつまった。/ビビ、待って!/消えるな!/もうすこしだよ!/それなのに、ああ、あと六秒。/四秒…/三秒…/二秒!/おわりだ……。/(P117〜119)
  • すべての人々に、死がひたひたと迫っているのをご存知でしょうか。ひとたらしの洪水で、人は虫けらのように溺れ、ゴキブリのような車にはねられて死に、悪魔の仕業としか思えない、奇妙な病に潰れ、その上人同士が性懲りもなく虐待と虐殺に明け暮れています。/人々は顔に死相を浮かべ、死臭をただよわせています。にもかかわらず、誰も自分が死ぬとは思っていません。宇宙という、無限の死が、地球を囲んでいます。大気圏は、りんごの皮よりも薄いのに、誰も空気の有難味に気づいていません。すべての人が、今生きていられるのを当たり前と思っています。(P129〜130)
  • 目の見えない主人公が見が見えるようになった瞬間に、他の目の見える人たちが目が見なくなる。